東郷神社につながる緑のロードは、都会の喧噪から
隔離されたオアシス
明治神宮前駅から明治通りを新宿方面へ向かうと、左手に東郷神社の大きな杜が目に入る。緑の光が眩しい。その緑の杜に抱かれるかのように、隣の13,000m2を超える敷地に、「パークコート神宮前」がある。
東京都から50年間という借地権をもらい、東郷神社の隣に自然と人が一体となって暮らす空間「フォレスト・イン・フォレスト――杜の中の杜」は、東京都が推進している「神宮前一丁目民活再生プロジェクト」の一環だ。
もともと江戸時代の将軍家ゆかりの土地で、明治以降は公爵家の本居であったという由緒ある地。その広大な保全樹林の真ん中を貫き遊歩道をはさんで、「レストラン アイ」とウェディングハウス「ルアール東郷」が、杜の自然に囲まれて静かにたたずむ。都会の喧噪から遠ざかったまるでオアシスのような空間は、神宮の杜の神様がもたらしたギフトのようだ。
この建築デザインに携わった小池邦彦氏から、杜の自然を活かした空間作りの工夫や氏のポリシーなどを語ってもらった。

ロビー

廊下

サロン(図書室)

屋上

屋上から展望できる神宮の杜

エントランス
建築デザインのコンセプトは『透明感』。ガラスと水、そして光との繊細な一体感
ロビーにて(小池氏)。
バックは水をイメージした絵。
当初は鮫を放置した小さな水槽の予定だった。
(ペンペン)広大な緑を活かす空間作りは、どのように決まったのでしょう。
(小池さん)まず複数のディベロッパーJVのプレゼンが行われ、そこで三井不動産レジデンシャル、竹中工務店、東電不動産の3社JVのプランが採用されました。採用理由はタワーなど従来の都会的な空間の提案が多かった中で、“杜の緑”を重視した住宅と緑の一体というプランが好評だったと聞いています。
小池さんの建築デザイナーのコンセプトは『透明感』ですね。表現の素材は何ですか?

ガラスと水です。昼と夜のコントラストをかなり意識しましたね。
ガラスと水、そして光のコントラストを
イメージした空間。静謐なひとときを演出
マンションの共同空間にあますところなく発揮されていますね。ガラスと水、そして光のコントラストが美しく、まるでギリシャ神殿の中にある泉を彷彿させます。美と癒しの空間といっていいでしょう。和ませるデザインをテーマにしたといいますが。
そうですね。『デザインが主張しないこと』も大きなテーマでした。

作り手としては難しいテーマのような気がしますが。
「空間というのは、人がそこにいることで成り立つものですから、人を疲れさせないことが大事ですね。ですから人を引き立たせるために、敢えて存在感や距離感をなくするように務めました。
「レストラン アイ」も、デザインだけでなく、自らシェフを探し、総合的にプロデュースをなさったようですが、それも小池さんのこだわりですか?
住宅に設置する施設のクオリティの高さを重要視して、レストランをプランしました。自らシェフを探したのは言い出したのが僕だからです。インターネットのシェフランキングで30人をピックアップして、実際に海外まで出かけて、食べたりしましたよ。でも“東京らしさ”を追求できるシェフがなかなか見つからなかった。そんな時に、スタッフがテレビ番組でニースの一つ星フレンチレストランのシェフ・松嶋啓介氏を見つけ、彼に総合プロデュースを依頼したのです。そしてエグゼクティブシェフ 神保佳永氏が地元農家や生産者と一緒に取り組み、食材にこだわった“地産地消・旬産旬消”のメニューを提供しています。
実際に食べてみると、優しい味ですね。ほっとします。和みのデザインに、お料理もぴったりです。
デザイン作りには、99%のコミュニケーション
ところで建築デザイナーという小池さんの仕事はどのようなものでしょう。
目的を整理して、サインを作るのが仕事だと思います。今回の場合は、“マンションに住む”ことが目的。目的のために情報を集めて、整理して形にする。形になったものが目的になります。
快適に住むために、レストランやバーを設置して、緑あふれる社の昼と夜のコントラストを強調しながら、魅力をさらに高める。そのためのデザイン、ということですね。
そうですね。目的があった上で形ができるわけですから、当たり前のことですが、整理に時間をかけますね。そのためにはコミュニケーションがとても大事です。

コミュニケーションですか?

そうです。我々の仕事の99%はコミュニケーションです。
コミュニケーションが大事だという例を今回のプロジェクト以外のことで、教えてください。
街づくりもやっています。10年かかることもあります。彦根市の街づくりに着手した時など、商店街88人の地主の方々と全てコミュニケーションを取り合って、作り上げていきました。商店街や地主の方々が何を求めているのかをインタビューするのです。これこそ大事な情報で、デザインワークの99%がコミュニケーションといっていいでしょう。
デザインありき、ではなく、住む人ありきを重視したデザイン。これが小池さんのモットーなのですね。でも88人の地主の方々全員の要望を叶えるなど、大変なことです。多数のクライアントの要望を聞き入れながら制作する映画のプロデューサーのよう。意見が合わなくて苦労なさったこともあるでしょうね。
ある魚屋さんが反対したので、訪問してお話を聞いたところ、お店の前のガラスがまるでブティックのようで、魚屋らしくないというのが理由。そこですぐに変更しました。実際に会って話を聞いて、整理してから、そこからデザインが新しく生まれ変わることもあります。
人に会い情報を収集し、そこからデザインというお仕事は、人が好きだからでしょう。情熱も並大抵のものではないですね。
独立したのは、たまたま。好きだからこそ、天職に
建築デザイナー、そして建築プロデューサーになりたいと目的意識がはっきりしたのはいつからですか?
実は僕、そんな意識などなかったのです。大学の建築科にあった求人募集で、たまたま就職できた会社が、商業施設の建築を手がけていた。ここがスタートです。その後、その会社が倒産して、僕も次の就職先を探さなければならなかった。でも当時手がけていた設計がまだ途中だったので、放り出すわけにいかず、責任も感じたので、ボランティアのつもりで最後まで完成させようと決めたのです。ところが、一ヶ月後にクライアントから給料が出て、それが会社員だった頃より、倍額。びっくりしましたね。でもとにかく完成だけを目指してこつこつとやっていたら、完成一ヶ月前に、次の仕事をフリーで依頼された。その仕事が終わったら次の就職先を探すつもりでいたら、また完成一ヶ月前に次の仕事が。こうしてフリーで手がける機会が増えて、それで28歳で独立したのです。
フリーとして次々と仕事が向こうからやってくるというのは、才能と実力があったからでしょう。

いえいえ、ただただ好きだからです。

まさに“好きこそ物の上手なれ”ですね。
犠牲があってこそ、得ることもある。支えるのは、熱い情熱
愛犬moneyチャンと戯れる小池氏
東京、そして地方の街づくりを手がけて、感じることはなんでしょう。例えば、この神宮の杜プロジェクトと、地方都市の街作りでの大きな違い、のようなものですが。
東京はなるようになっていくと思いますね。神宮なら神宮、秋葉原なら秋葉原と、それぞれが時代や状況でどんどん変わっていく。でも問題は日本の歴史財産の宝庫である地方都市です。奈良、京都のような“歴史を続ける都市”が問題です。

“歴史を続ける都市”の問題とは?
例えば京都の駅ビルはコンクリートが打ちっぱなしです。古都・京都でこんな外観があってはいけないと思います。これは宮大工の仕事が必要なくなるという象徴でもあり、宮大工を絶やすような原因につながります。彼らに夢を与えることこそ、日本古来の建築の伝統を守っていくことです。そこを忘れてはいけないのだと思いますね。

日本の建築財産を守ることは、“人づくり”であるということですね。

人づくりのための社会保障やシステムも必要ですね。

では古都に住む人々の意識はいかがですか?
大事ですね。例えば、マクドナルドが古都に立地されるとします。地域に住む生活者にとって、マクドナルトが必要なのかもしれません。でも古都の外観を守るという点では、地域の生活者が我慢するという覚悟も大事なのです。何かを犠牲にしなければ、何も生まれないということがここでもいえる。“歴史を続ける都市”を守るには、地域生活者の犠牲も、時には必要なのだと思います。

穏やかな物腰の小池さんから、すっかり情熱あふれる見解をお聞きしました。

スタッフからも、根は熱いと言われています(笑)
小池邦彦プロフィール
1958年 東京生まれ。
1981年 日本大学生産工学部建築工学科卒業。
1981年 株式会社バウハウス入社。
1987年 建築・インテリアデザイナーとして小池建築事務所主宰。
1992年 有限会社コイケデザインコラボレーション設立。
2000年 株式会社コイケデザインマネジメント設立。
現在に至る